今週のお題「家飲み」

家飲み

彼とはほとんど外で飲むことが多くて、特に彼が南平台に住んでたころは、毎週渋谷を2人で飲み歩いていた。

酔っ払いの聖地、新宿しょんべん横丁と双璧を成す、渋谷のんべい横丁でもよく飲んだし、センター街の安いチェーン店の居酒屋や、井の頭線の下あたりの焼き鳥屋とか、金がない時分でもハシゴしたりして遊んでいた。

そんなある日、彼が珍しく家で飲もうか?とメールしてきたので、理由を聞けば、サッカーの日本代表のワールドカップ予選の試合を見ながら飲みたいらしい。

確かに昨今、店の棚にブラウン管のテレビが置いてある中華屋みたいな居酒屋なんて無く、ましてや渋谷になんて皆無だったし、よしんば仮に中華屋にテレビがあったとしてもハーフタイムを入れて2時間も中華屋には居づらい。それにもしあったとしても流れてるのは巨人戦だ。

そんならスポーツバーにでも行けばイイじゃんと皆さん仰いますが、あの文化も好き嫌いがやはりあって、どんなにサッカー好きでもスポーツバーではしゃぐのはダメなんだよね~って人は意外と多いと思う。ボクらは後者。


ん?でも、おまえんちテレビね~じゃん?

そうなのだ。実家から出てきたばかりの彼の家には、まだテレビがなく、こないだ2人で飲んだ帰りに酔っ払って拾ってきたVHSのビデオデッキがぽつんと置いてあるだけだった。

はずだった。

ボクが彼の家のドアを開けると、待っていたのは真新しいプロジェクターであった。

なるほど、だから家飲みがしたかったのね!

こんな大画面でなら確かにサッカー見たいよね!
買ったばっかだろうしさ!

でもさあ、これどうやって見んの?

中目黒からチャリで南平台に行く途中にコンビニで買い込んだ、ビールやらチューハイやら枝豆やらプリンやらを冷蔵庫にそそくさしまって、大セッティング大会だ。

こないだ拾ってきたVHSビデオデッキをチューナー代わりにして、プロジェクターを投影機としてセッティング。

よし。真っ白い壁にテレ朝が映った。
っていうかボクが来る前にセッティングしとけよな。

えへ、じゃないよ、まったく。
もうサッカー始まっちゃうじゃん?

ま、細かいことは置いといてとりあえず、セッティング完了にかんぱ~い!セッティングしたボクにかんぱ~い!新品のプロジェクターにもかんぱ~い!

おつかれちゃ~ん

ピー!
キックオフ!

おおぐろ~、うてよ~。
たかはら~、マークつけよ~。
くぼ~、はずすなよ~。

若い人には何かのじゅもんにしか聞こえないだろうね。


後半に入って一進一退の攻防が続く中、突如として画面が真っ暗になってしまった。

プロジェクターの初期不良か?ポンポンと叩いてみるけど、そんな昭和な方法では再投影されることはなかった。

では、こちらのVHSビデオデッキだろうということで、バシバシ叩いたり、強く振ってみたりしたがダメだった。

ん?
デッキを縦にしたり横にしたりして振っていると、中からカラコロと音がするのに気がついた。

彼と目を合わせた。彼がコクリと頷いた。
緊急オペの開始のアイズだ。

メス。

ボクがドクターで彼が助手だ。

ドライバーを手に取り4本のネジを回し、デッキの底を外してみる。

ゴクリ。
いくぞ。

ボクがデッキのカバーを持ち上げると、なんとそこには1本のイチゴの柄のスプーンが入っていた。

それが原因なのかは分からないが、とりあえずイチゴ柄のスプーンを取り出し、またデッキのネジを締め直した。

しかし、その後VHSビデオデッキがサッカーを映し出すことは二度となかった。

ボクらは今でもあのとき見ていたあの予選試合の結果を知らない。

でもいいじゃない。

冷蔵庫で冷やしておいたコンビニのプリンを、このイチゴ柄のスプーンで仲良く2人で食べたのだから。